マーケティングを学ぶ上で、避けては通れない3つの重要概念があります。
それが「ニーズ」「ウォンツ」「シーズ」です。
これらの概念は、製品開発から販売戦略まで、ビジネスのあらゆる場面で重要な役割を果たしています。
本記事では、この3つの概念について、わかりやすい具体例とともに解説していきます。
ニーズとは?基本的な定義と重要性
「ニーズ」とは、人々が持つ本質的な欲求のことを指します。直訳で必要性・要求などとも言いますね。
例えば、「喉が渇いたから水が飲みたい」「暑いから涼しくなりたい」といった基本的な欲求です。
これは消費者が意識していなくても、常に存在している潜在的な要求とも言えます。
スマートフォンを例に考えてみましょう。スマートフォンが満たすニーズには「他者とコミュニケーションを取りたい」「情報を得たい」「日常生活を便利にしたい」といった本質的な欲求が含まれています。これらのニーズを理解することは、製品開発やマーケティング戦略の基盤となります。
ニーズは、「目的」とも言われます。現状が満たされていない状態(欠乏している状態)で、理想とする状態・目指すべき状態、それがニーズです。
つまり、「○○という状態なりたい」。これが、ニーズです。
よく営業活動のなかでも「顧客ニーズは~顧客ニーズは~」というような話が出ていませんか?営業活動をするうえでは大切なPointで何に困っていて顧客はどうなりたいのかを把握することが必要不可欠です。それを解決するための「手段」を我々ビジネスマンは売っているわけですね。
ニーズはウォンツ(このあと解説)と混同しやすいので注意しましょう。ウォンツは手段になります。
例えば、冬に厚手のダウンがほしい!というのはニーズを見せかけてウォンツと考えます。ニーズは、冬でも暖かくなりたい、寒くなりたくないという根本的なニーズがあります。ウォンツに対してなぜ?と問うとニーズがでます。「ダウンがほしい⇒なぜ?⇒寒いから(寒くなりたくないから)」という感じです。
人間の根本的な欲求について覚えておこう
ニーズとは、人間が生きていく上で必要不可欠な根本的な欲求を指します。これには生理的なニーズ(食事、睡眠、水分補給など)と心理的なニーズ(安全、所属感、自尊心など)が含まれます。
消費者の購買行動は、これらの基本的なニーズを満たそうとする動機から始まります。例えば、空腹というニーズは食事を取るという行動につながり、所属意識というニーズは特定のコミュニティへの参加につながります。
人間の欲求については、心理学者のマズローが体系的に分類した「マズローの欲求階層説」で詳しく説明されています。このような基本的なニーズを理解することは、効果的なマーケティング戦略を立てる上で重要な第一歩となります。
「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」
ニーズには「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」という2つの側面があります。顕在ニーズは消費者自身が明確に認識し、言語化できる欲求を指します。例えば「より安い商品が欲しい」「待ち時間を短縮したい」といった具体的な要望です。一方、潜在ニーズは消費者自身も明確には気づいていない、または表現できていない隠れた欲求を指します。
具体例を見てみましょう。スマートフォンが登場する前、人々は「いつでもどこでもインターネットを使いたい」という顕在ニーズは持っていました。しかし、「スマートフォンで写真を撮って即座にSNSにシェアしたい」「移動中に動画を視聴したい」「スマートフォンで決済したい」といった潜在ニーズには気づいていませんでした。これらのニーズは、実際にスマートフォンを使用し始めてから「こんな使い方ができるのか」と認識されるようになったのです。
このように、顕在ニーズは市場調査やアンケートで直接把握できる一方で、潜在ニーズは消費者の行動観察や深い洞察を通じて発見する必要があります。新しい市場を創造するイノベーションの多くは、この潜在ニーズへの着目から生まれているのです。
ニーズに関する3つのPoint
- 製品開発の方向性の明確化
- 本質的な課題やニーズを理解することで、的確な製品開発が可能になる
- 無駄な機能の搭載を防ぎ、開発コストの最適化につながる
- マーケティング戦略の効率化
- ターゲット顧客の真のニーズを理解することで、効果的な訴求ポイントが見えてくる
- 広告やプロモーションの無駄を削減できる
- 持続的な競争優位性の確立
- ニーズに基づいた製品開発は、一時的なトレンドに左右されにくい
- 顧客との長期的な関係構築が可能になる
ウォンツとは?の定義と特徴を理解しよう
「ウォンツ」は、ニーズを満たすための具体的な欲求を指します。
先ほどの「喉が渇いた(ニーズ)」という例で言えば、「コカ・コーラが飲みたい」「伊右衛門が飲みたい」というような、特定の商品やブランドへの欲求がウォンツにあたります。
高級ブランド品を例に考えてみましょう。
「身に着けるもので自己表現したい」というニーズに対して、「グッチのバッグが欲しい」「ロレックスの時計が欲しい」といった具体的な欲求がウォンツです。これは文化や社会的影響、トレンド、個人の好みなどによって大きく変化します。
ウォンツに関する4つのPoint
ウォンツの特徴をより深く理解するために、以下の4つの重要な側面があります:
- 可変性
- 時代やトレンドによって急速に変化する
- 同じニーズでも、文化や地域によってウォンツは異なる
- 年齢や所得層によっても大きく変化する
- 多様性
- 同じニーズに対して複数のウォンツが存在する
- 個人の好みや価値観によって選択が分かれる
- 代替製品との競合が発生しやすい
- 影響要因
- メディアやインフルエンサーからの影響
- peer pressure(周囲からの影響)
- 社会的ステータスの表現手段として機能
- 経済状況による変動
- マーケティングとの関係
- 広告やプロモーションによってウォンツを創造できる
- ブランディングによって特定のウォンツを強化できる
- 競合他社の動向による影響を受けやすい
ウォンツのマネジメントにおける重要ポイント
- 顧客セグメントごとのウォンツの違いを理解する
- トレンドの変化を継続的にモニタリングする
- 競合製品との差別化ポイントを明確にする
- ブランド価値との整合性を保つ
シーズとは?企業の技術力との関連性
「シーズ」は、企業が持つ技術や能力、アイデアなどの”種”を指します。これは製品やサービスを生み出すための源泉となる技術やノウハウのことです。例えば、ソニーの小型化技術やAppleのユーザーインターフェース設計能力などが、シーズの代表例です。
イノベーションを生み出すには、このシーズを効果的に活用することが重要です。例えば、防水技術(シーズ)を活かして、お風呂でも使えるスマートフォンを開発するといった具合です。ただし、シーズだけに注目すると、ニーズとかけ離れた製品開発になる危険性があるため、常に市場のニーズとの整合性を確認する必要があります。
シーズを活用したイノベーション創出のプロセス
- シーズの発掘と評価
- 自社の技術資産の棚卸し
- 研究開発部門との連携強化
- 特許分析による技術動向の把握
- 産学連携による新技術の探索
- シーズの育成と展開
- 技術ロードマップの作成
- 研究開発投資の最適化
- 人材育成と技術伝承
- オープンイノベーションの活用
- 事業化プロセス
- 市場ニーズとのマッチング
- 製品化に向けた技術的課題の解決
- 量産化検討と品質管理
- コスト最適化
シーズ活用の成功事例と教訓:
- 3Mのポストイット
- 接着力の弱い接着剤(シーズ)から生まれた製品
- 当初は用途が見つからなかったが、新しい使い方の発見により大ヒット
- テフロン加工
- 偶然の発見から生まれた撥水性素材
- 様々な製品分野への応用展開
- 炭素繊維
- 航空機材料として開発されたが、スポーツ用品など幅広い分野に展開
- 用途開発の重要性を示す好例
シーズ活用における注意点:
- 技術シーズに過度に依存しない
- 市場ニーズとの整合性を常に確認
- 開発コストと市場性のバランスを考慮
- 知的財産権の適切な管理と活用
シーズについては、マーケットイン・イン/プロダクト・アウトでいうところの、プロダクト・アウトとあわせて覚えておくのがよいでしょう。
3つの概念の相互関係と実務での活用
ニーズ・ウォンツ・シーズの3つの概念は、それぞれが独立して存在するのではなく、密接に関連し合っています。これらの関係性を理解し、適切に組み合わせることが、成功する製品開発の鍵となります。
3つの概念の相互関係について
製品開発において、この3つの概念は常に相互に影響を与え合っています。まず、ニーズとウォンツの関係を見てみましょう。ニーズは人々の本質的な欲求を表し、ウォンツはその表現形態として現れます。例えば、「移動したい」というニーズは、「車が欲しい」「電動キックボードが欲しい」といったウォンツとして具体化されます。時代や環境によってウォンツは大きく変化しますが、基本的なニーズは比較的安定しているという特徴があります。
ニーズとシーズの関係も興味深い点があります。新しい技術(シーズ)の登場によって、人々が気づいていなかった潜在的なニーズが顕在化することがあります。逆に、既存のニーズを満たすために新しい技術が開発されることもあります。このように、ニーズとシーズは相互に刺激し合いながら発展していくのです。
ウォンツとシーズの関係については、以下のような特徴があります:
- シーズの進化により新しいウォンツが生まれる
- 市場のウォンツがシーズ開発の方向性を決める
- 技術の普及によって新しいウォンツが創造される
iPhoneの開発事例から学ぶ
iPhoneの開発は、3つの概念がどのように製品開発に活かされるかを示す典型的な例です。当時、人々は「いつでもどこでもコミュニケーションを取りたい」「情報にアクセスしたい」という本質的なニーズを持っていました。これらのニーズは、「より使いやすい携帯電話が欲しい」「パソコンの機能を持ち歩きたい」といったウォンツとして表現されていました。
Appleは、これらのニーズとウォンツに対して、自社の持つ独自のシーズを組み合わせることで革新的な製品を生み出しました。具体的には、タッチパネル技術、優れたユーザーインターフェース(iOS)、iTunes統合技術、そして洗練されたデザイン力です。これらの要素を組み合わせることで、それまでにない新しい価値を持つスマートフォンを開発することに成功したのです。
実務での活用方法
製品開発の実務において、3つの概念を効果的に活用するためには、段階的なアプローチが重要です。市場分析の段階では、まず顕在・潜在ニーズの徹底的な調査を行います。同時に、競合製品が満たしているウォンツを分析し、自社の技術シーズの棚卸しを行います。
製品企画段階では、これらの調査結果を基に、ニーズとウォンツのギャップ分析を行い、自社のシーズでどこまで対応できるかを検討します。この際、重要なのは実現可能性の検証です。優れたアイデアであっても、技術的な制約や市場の受容性を慎重に評価する必要があります。
継続的なマーケティングリサーチも欠かせません。市場は常に変化しており、新しいニーズやウォンツが生まれる可能性があります。定期的な顧客調査やトレンド分析を通じて、これらの変化を捉え、製品開発に反映させていく必要があります。
また、技術開発戦略も重要な要素です。自社の研究開発投資を最適化しながら、必要に応じて外部技術の活用も検討します。知的財産戦略の策定も忘れてはならない重要なポイントです。
このように、3つの概念を適切に組み合わせることで、市場ニーズを的確に捉え、競争力のある製品開発が可能になります。重要なのは、これらを静的なものではなく、常に変化し続ける動的な関係として捉えることです。製品開発の各段階で、これらの概念がどのように関連し合い、影響を与え合っているかを常に意識しながら、開発を進めていく必要があります。
ビジネスでの具体的な活用方法
マーケティングリサーチや製品開発において、ニーズ・ウォンツ・シーズの3つの概念を効果的に活用することは、ビジネスの成功に直結します。ここでは、実践的な活用方法について解説していきます。
まず、マーケティングリサーチの段階では、定量・定性の両面からアプローチすることが重要です。例えば、アンケート調査やデータ分析による定量調査では、現在の市場トレンドやウォンツを数値化して把握できます。一方、インタビューやフォーカスグループディスカッションといった定性調査では、消費者の潜在的なニーズや本質的な課題を深く理解することができます。
製品開発においては、以下のようなステップで3つの概念を活用していきます:
- 顧客の困りごとや不満点の洗い出し(ニーズの把握)
- 競合製品の分析(既存のウォンツの理解)
- 自社の技術資産の評価(利用可能なシーズの確認)
これらの情報を統合することで、市場における機会を特定し、製品コンセプトの開発につなげることができます。
市場戦略の立案では、消費者インサイトと技術シーズのバランスを取ることが重要です。例えば、スマートウォッチ市場では、「健康管理をしたい」というニーズに対して、心拍数測定や睡眠トラッキングといった技術シーズを活用し、具体的な製品機能として実現しています。
また、製品のライフサイクル管理も重要です。市場投入後も継続的にユーザーフィードバックを収集し、新たなニーズやウォンツの変化を捉え、製品改良やラインナップ拡充に活かしていく必要があります。
注意すべき誤解と失敗しないためのポイント
製品開発やマーケティング戦略において、ニーズ・ウォンツ・シーズに関する誤解や偏りは、しばしば大きな失敗を招く原因となります。ここでは、典型的な誤解とその対処法について解説します。
最も多い誤解は、ニーズとウォンツの混同です。例えば、「顧客は高性能な製品を求めている(ウォンツ)」と考えて開発を進めても、実際の顧客ニーズが「使いやすさ」だった場合、製品は市場で受け入れられない可能性が高くなります。このような失敗を防ぐためには、表面的なウォンツの背後にある本質的なニーズを理解することが重要です。
次に注意すべきは、シーズ偏重の開発です。優れた技術を持っているからといって、それが必ずしも市場価値につながるとは限りません。実際、以下のような失敗例がよく見られます:
- 技術的に優れているが、価格が高すぎて市場に受け入れられない
- 機能は充実しているが、使い方が複雑で顧客に敬遠される
- 素晴らしい技術だが、解決すべき顧客課題が明確でない
これらの失敗を防ぐためには、以下のようなバランスの取れたアプローチが必要です:
- 顧客視点の重視 技術シーズの素晴らしさに惑わされず、常に顧客価値を基準に判断します。新技術を採用する際は、「この技術が顧客にどんな価値を提供できるのか」を明確にすることが重要です。
- 段階的な開発アプローチ すべての機能を一度に盛り込むのではなく、核となる価値を見極め、段階的に機能を追加していく方法が有効です。これにより、市場の反応を見ながら、開発の方向性を調整することができます。
- 継続的な市場検証 開発の各段階で、想定した価値が実際の市場ニーズに合致しているか確認することが重要です。早期のプロトタイプ作成とユーザーテストを通じて、仮説を検証していくことをお勧めします。
成功する製品開発のカギは、これら3つの概念のバランスを保ちながら、顧客価値の創造に焦点を当てることにあります。技術シーズは手段であって目的ではないこと、そして常に顧客視点でニーズとウォンツを理解することを忘れてはいけません。
まとめ
マズローの欲求5段階説は、70年以上を経た今でも人間理解の基本的な枠組みとして重要な役割を果たしています。各段階は独立したものではなく、相互に影響し合い、時には複数の段階が同時に存在することも明らかになっています。
この理論の現代的価値は、人間の欲求を階層的に理解することで、個人の成長プロセスを体系的に捉えられる点にあります。基本的な欲求から自己実現まで、各段階の相互関係を理解することは、個人の成長と組織の発展に重要な示唆を与えます。
また、この理論は人それぞれの現在の状態を理解する指標としても有用です。どの段階の欲求が十分に満たされていないのかを認識することで、より効果的な自己開発や目標設定が可能となります。
さらに、この欲求階層説はマーケティング戦略の基盤としても活用されています。消費者の行動や購買動機を理解する際に、それが「生理的欲求を満たすためのものなのか」「安全欲求に応えるものなのか」「承認欲求を満たすためのものなのか」など、商品やサービスが消費者のどの欲求段階に訴求するのかを考慮することで、より効果的なマーケティング戦略の立案が可能となるのです。
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